鶏肉はいつごろから食べられてきたの?
現在では当たり前のように食べられている鶏肉ですが、その歴史は意外と浅いものです。
もちろん鶏自体は古代から日本に生息していましたが、生活様式や仏教の流れで食用ではありませんでした。
鶏のルーツは、4000年以上も昔のインドに遡ります。現在も東南アジアに野生している赤色野鶏が、色々な土地に広まったのが元だとされています。
その後、数千年をかけインドや中国でより大きく、そして卵もたくさん産むように品種改良され、現在のようなニワトリになりました。
鶏肉は昔から身近な存在でしたが、仏教的思想から度々食肉禁止令が出され、最も古いものでは飛鳥時代にまで遡ります。
しかし、日本列島は海の幸・山の幸に恵まれていたため、どうしても食べなくてはいけないというほどのものではありませんでした。
江戸時代になると野鳥を捕獲して食べるようになりましたが、乱獲が行われたため、幕府により野鳥の食用は禁止されました。人が食べていくのがやっとという時代でもあり、大切な穀類を飼料として鶏を育てるのは難しかったようです。
明治時代になると、文明開化と共に肉食が解禁され、誰もが肉料理に舌鼓をうつようになりました。福沢諭吉も「福翁自伝(1899(明治32)年刊行)」のなかで、「度々行くのは鶏肉屋」と示しています。
卵も仏教的理由から殺生が長らく禁止され、食用になることはありませんでした。
しかし、江戸時代(1543年頃)にポルトガルから西洋文化がもたらされると、その状況に変化が起こりました。南蛮菓子であるカステラなどの卵料理が広がり、「たまごは生き物ではないため殺生にはあたらない」と解釈されるようになったのです。
また、この頃の卵はたいへん高級品であり、たまご売りのゆでたまごは現代の価格にして1個500円ほどの高値でした。たまごは栄養に富んだ高値の花だったのです。
卵が安くなり一般家庭で親しまれるようになったのはだいぶ後のことで、昭和30年以降となります。
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